機能統合とその限界

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SCM超ルール

機能統合とその限界

集中化とは機能の統合である。製品が異なっても各生産設備の機能や物流機能、販売機能は共通化され統合化できるものは集中化された。人間の問題解決思考は問題が発生すると分解して問題を整理する(分析)こととバラバラな機能を統合化することに傾いていく。ところが加工工程の機能を統合されても業務連鎖の順序は多様な製品に対応するため製品毎にさまざまに異なるため、モノの動きであるサプライチェーンはスパゲッテイのごとく錯綜する。大きなバッチの仕掛、製品が至るところに滞留して在庫の山ができてリードタイムが長期化する。機能統合の集中化が在庫時間という無駄を作って問題を悪化させる。大型の生産ラインは段取替え時間が長く必然的にロットが大きくなり売れない製品を溜め込んでしまう。企業組織も総合化・大型化して来たが逆に採算性を悪化させてきた。それらの弊害への対策はコントロールの集中化である。業務が複雑になるほど多階層の官僚組織が設計される。大規模な官僚組織は付加価値を生んでいる作業はボトムラインだけで管理職は、作業者間・部門間調整を業務としバリューチェーンから見れば「ムダ」な機能を持つ。
ところが中央ですべてを計画し、各部門に指示を出して各部門各個人は実行するだけのビジネスモデルでは力が最大限発揮できない。全体主義や社会主義の組織の弱さは20世紀を通じて実証された。
産業の歴史を振り返ってみると19世紀末から20世紀始めにかけてフォードの大量生産方式のサプライチェーンの特徴は、単純作業への分解とテーラー主義によるIE(インダストリアル・エンジニアリング)による統合である。個々の部品や作業が標準化され交換可能なモジュールとして徹底化された。科学的経営とは標準化・分業化・統合化のパラダイムであった。世界をリードした米国式経営の極みが20世紀後半に実現された。

ところで次の2つのメッセージを比べて見よう。

 「すべての頭脳労働は現場から企画部門に位置変えすべきである。君達に考えることを期待していない。考えることで給料をもらっている人は別にいるのだ」。科学的経営の元祖、テーラーが残した名言であり,今でも近代的経営を指向している企業の組織設計の原則である。テーラー主義は近代科学の方法論の源流であるニュートンやデカルトの流れを組む「全体をいくつかの部分に分けて問題を分析するアプローチ」の延長線上にある。
ところが現代の先進国産業が直面しているサプライチェーンの問題は部分的な個別の効率化・最適化とそれをまとめる全体最適化の連携がうまく行っていないことにある。
 このような分業と機能統合の限界を打破する考えが、おそらく米国で1980年代に注目されたジャストインタイムのトヨタ生産方式の研究が影響を影響を与えたと考えられる、流れ生産のパラダイムである。大野耐一氏の「ニンベンのあるジドウカ」(自働化)とは現場は意志をもって全体の流れを考えて自分の作業をするというテーラー主義の公式とは違う概念である。

 「何の警告もなく突然、企業や産業を直撃する変化が起る今日、企業が生き残るには、一人ひとりが目や耳、頭、心を研ぎ澄まして、知識と確信に満ちた行動をするしかない。」これはトム・ペッツィンジャーの言葉として複雑系のメッカ、サンタフェ研究所のマイク・シモン博士の講演でテーラーとは違う経営パラダイムとして紹介されたものである。一見何でもなくて一体どこが新しいのか分からないようだが工業化時代に常識化した分業化と統合化が作って来たサプライチェーンの無駄を解決する思考である。基本的思想は「同期化と自律分散」にある。

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